針供養ってどんな行事?自分でもやる必要はあるの?

こんにちは!大阪界隈の家財整理を専門で1000件以上行ってきた、関西エコクリーン代表の竹中です。

“針供養”という言葉を聞いたことがありますでしょうか?自分がまだ子供だった頃、おばあちゃんが豆腐に古くなった針を刺して、仏壇で拝んでいた記憶がおぼろげながらあります。「なんでこんなことするの?」なんておばあちゃんに尋ねると、「一生懸命に働いてくれた縫い針にお礼の意味を込めてお祈りしてるんだよ」なんて答えてくれたような気がします。

子どもの時はそれで納得していたの小田と思いますが、今思い返してみるととても不思議な記憶なんですよね。なぜ、古くなった針をすぐに捨てなかったのか。なぜ、針を豆腐に指していたのか。古くなった針を刺した豆腐は食べたのか?等々。そこで今日は、小さいころの記憶にある“針供養”について、詳細にまとめました。

昔の針供養と現代の針供養では違いはあるのか、何故豆腐に針を刺す必要があるのか、個人でもやった方が良いのかをまとめていますので、普段から縫物をしたり、針を使うことが多い方は必見の内容です。

針供養ってどんな行事?

針供養とはどんな行事なのでしょうか?

針供養とは、折れたり曲がってしまったり、錆びたりなどで使えなくなってしまった針を供養し、近所にある神社に収める行事のことを指します。地域を限らず、日本全国で行われていますが、日本での発祥は福岡県にある粟島神社とされています。

針供養の起源は中国にあり、「その土地のお祭りの日、針や糸を使った仕事をしてはならない」といった古い言い伝えが日本に伝わってきたものだという説があります。平安時代に清和天皇によって針供養をするためのお堂が法輪寺に建設されたという記録が残っており、9世紀後半には少なくとも日本のごく一部には針供養の風習があったことが確認されています。

鉄製の針が大量生産され、一般に使用されるようになったのは室町時代のことであり、和歌山県にある淡島信仰と針供養が結びつき、江戸時代中期に日本全国に広まったとされています。

淡島神(あわしまのかみ)ってどんな神様?針供養とどんな関係があるの?

針供養を広めたとされる淡島神(あわしまのかみ)とは、和歌山県和歌山市加太の淡嶋神社を総本社とし、日本全国にある淡島神社の祭り神の事です。淡島神は日本全国に祭られているのですが、神仏分離などの考え方から、別の呼び名で呼ばれていることも少なくないそうです。

女性特有の婦人病を癒し、治したり、安産や子宝、裁縫の上達や人形の供養等、女性に関わることのあらゆることに対し霊験がある神様だとされています。江戸時代には淡島願人と呼ばれる人々が、淡島神の人形を祭ったものを背負い、淡島明神の進徳を解いて全国を回り、その頃から淡島の神様が広がり、信仰も広まっていきました。

針供養はいつ行われるの?

針供養は、事八日(ことようか)と呼ばれる12月8日または2月8日に行われます。一般的には関東で2月8日に、関西では12月8日に行われることが多いようです。私の小さい頃の記憶では、12月に行われていた記憶があります。

一部の関東地方や東北地方では、12月8日と2月8日のどちらとも針供養を行われるばあいもありますが、ほとんどの場合はどちらか一方の日に行われます。

針供養はの具体的なやり方とは?

さて、針供養を行うには具体的にはどうすれば良いのでしょうか?

針供養は、使い込んで古くなったり、曲がってしまったり折れてしまったりした針に対して、「今までよく働いてくれてありがとう」という気持ちを込めて供養することです。針供養をすると、裁縫が上達したり、針を使用しているときに怪我をしないようになるといいます。

現在針供養を行う場合、多くの場合は古くなった針や折れてしまった針を紙に包んで近所の神社などに収めて供養してもらいます。また、針供養のその日は、裁縫等の針を使った仕事をしないようにします。

針供養を行う神社では、本殿の前に置かれた豆腐やこんにゃくに、参拝者が針を刺して供養する場合と、神社で受付をした後にそのまま本殿でご祈祷してもらう場合があります。

針を使った裁縫仕事が、家事の一つであるとされていた時代には、自分自身の家で針供養を行うこともあったようですが、最近ではそのような家はだいぶ少なくなったようです。自分自身の家で針供養を行う場合でも、古くなって錆びたり折れてしまった針を、豆腐やこんにゃくに指し、神棚や仏壇にあげて供養を行います。供養が終わった後は、針が抜けてしまわないよう、豆腐やこんにゃくに深く差し込み、人が普段は通らないような地面に深めの穴を掘って埋めます。土をかぶせたら上から清めの塩を振ります。

豆腐やこんにゃくなどの柔らかいものに針を刺して供養するのは、「今まで硬いものを縫い続けてくれてありがとう。今度は柔らかいもののところでゆっくり休んでくださいね。」という意味を込めての事だと言われています。

結局、針供養はしたほうが良いの?

ここまで、針供養について、その発祥と意味、やり方についてお伝えしてきました。では結局のところ、針供養はやった方が良いのでしょうか?上でもお伝えしてきた通り、針供養には今まで働いてきてくれた針に対して労う気持ちと、自分自身の裁縫の上達や針を使った仕事での怪我をしないようにとのいみの2通りが込められています。

自分の労をねぎらう気持ちを向けられて嫌な気持ちになる人はいませんし、針供養という行事は、「物を大切にする」という忘れてはならない根底の部分と繋がっています。

「古くなったから買い替える、使えないものは捨てる」という、使い捨て社会の中に生きていると、忘れがちになってしまう“物に対するねぎらいの気持ち”ですが、今現在自分自身で使っているものに対して少し、労いの気持ちを持ってみてはいかがでしょうか。